「発酵」の基礎知識 #1 ~"発酵大国"日本の食を支える微生物のチカラ~
味噌や納豆、日本酒など昔から私たちの食卓に欠かせない発酵食品。
特に、日本料理「和食」は2013年にユネスコの世界無形文化遺産に登録されるなど、近年日本の発酵食品が注目されています。発酵が日本の食文化とどのように密接に関係しているのか、また発酵にはどんな魅力があるのでしょうか。
今回は、「発酵と腐敗の違い」「発酵を促す微生物」「日本の発酵食品の要、麹菌」に関する情報をまとめてみました。
「発酵」と「腐敗」はなにが違うの?
「発酵」とは微生物の生命活動です。微生物は生き物なので増殖するために栄養が必要です。微生物は食物を分解し、変化させ新しい物質を作ります。それが人間にとって美味しく、栄養価や保存性を高めるなど有益な物質の場合は「発酵」と言います。反対に人間にとって不味くなる、食中毒を起こすなどの有害な物質が作られることを「腐敗」と言います。
また、食文化によっても異なります。例えば、日本でなじみ深い納豆は、外国の方の中には"腐った大豆"としか思えない人もいます。このように考え方によっても判断されることがあるため、「発酵」と「腐敗」の線引きは実は曖昧な部分もあります。
発酵という手法は、お酒の醸造以外に、野菜や穀物、乳製品、魚までさまざまな食品の保存期間を延ばす目的で利用されてきました。まだ冷蔵庫がなかった時代、長期保存が可能な発酵食品は人々の生活になくてはならない存在でした。現代において、発酵は食物のおいしさや栄養価、保存性を高めるだけでなく、腸内環境の改善や抗酸化作用など、健康効果を増幅させる点においても注目されています。
発酵を助ける微生物「カビ」「細菌」「酵母」
発酵を促す代表的な発酵菌(微生物)は大きく分類するとカビ・細菌・酵母の3種類があり、これらは「三大発酵菌」とも呼ばれています。食品の発酵にはこれらの微生物のどれかを必ず使います。大きさを比較すると、カビ>酵母>細菌の順番で、酵母でさえ10㎛(マイクロメートル)以下と小さく、肉眼では見ることはできません。ただ、この小さな立役者の働きがなければ発酵食品は生まれません。
【カビ】
カビの働きで作られるのは、日本酒・味噌・醤油・鰹節・チーズなどがあります。日本の発酵文化に欠かせない「麹」はカビの一種です。麹とは蒸した穀物に麹菌を繁殖させた加工品です。麹菌の主な働きは、デンプンを糖に分解し、タンパク質をアミノ酸に分解する働きがあります。
【細菌】
主に細菌の働きで作られる食品には、漬物・キムチ・ヨーグルト・納豆・酢などがあります。漬物・キムチ・ヨーグルトは乳酸菌、納豆は納豆菌、酢は酢酸菌から作ります。腸内環境を整える「腸活」で主に働くのはこれらの細菌です。
【酵母】
酵母の働きで作られるのは、日本酒をはじめ、パン・ワイン・ビールなどのお酒が有名です。
酵母には、糖分を分解してアルコールと炭酸ガスを生成する働きがあります。
酵母は英語で「yeast(イースト)」とも呼ばれます。パンに使われるイースト菌も酵母の一種です。ワインの場合は、酵母がブドウの糖を分解することでアルコールになります。シャンパンやビールの泡は、分解の過程で出てくる炭酸ガスによるものです。
微生物から見えてくる日本の発酵食品の特徴
世界の発酵食品のほとんどは、一つの食品に対して一種類のみの微生物を用います。一方で、日本の代表的な発酵食品の味噌・醤油・日本酒などは、麹菌のお陰で複数の微生物が働きます。
例えば、酒造りでは麹菌の作り出す糖分に乳酸菌や酵母菌が集まることで日本酒ができます。そして、その日本酒を目当てに酢酸菌がやってくると酢になります。このように日本の発酵食品は麹菌を筆頭に、菌たちが協力し合って作られているのです。
また、日本の温暖湿潤な気候が麹菌の発酵を進みやすくすることもあり、様々な麹由来の発酵食品が作られてきました。そのため、日本は「発酵大国」と言われています。
日本の味を支える!「麹」のちから
先述の通り、日本の発酵調味料である味噌・醤油・みりん・米酢・日本酒は「麹」と呼ばれるカビの一種から作られています。麹は蒸した穀物や大豆に麹菌を繁殖させた加工品です。お米に繁殖させた米麹は日本酒などに使用されます。今から1300年前(奈良時代)から存在し、日本人は麹を利用して様々な発酵食品を作り出してきました。
そんな麹は、「私たちの先達が古来大切に育み、使ってきた貴重な財産である」として、2006年に日本醸造学会により「国菌」と認定されました。
ちなみに、こうじは一般的に「麹」と書きますが、米こうじの場合は、お米に花が咲いて見える様子から「糀」と書くこともあります。
日本の発酵の歴史は古く、約1300年も培ってきた礎があります。米麹を作るようになってから日本の食事は格段に進歩しました。発酵は、食品を長持ちさせるために工夫された日本の先人たちの知恵です。発酵させる事で、旨味や甘味、独特な風味や香りも加わり、腸内環境を整えてくれます。また和食の味を決める要であり、日本人の食生活を支える存在でもあります。
近年コロナ禍以降、健康志向が高まり、発酵食の魅力が再認識されています。手軽に始められる甘酒や味噌汁などを食卓に取り入れる方も増えています。是非、みなさんも毎日の食卓に"発酵のチカラ"を取り入れてみてはいかがでしょうか。
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〈第2回〉酵素の働きが生み出す、和食の甘味と旨味
『はっこう(発酵) 地球は微生物でいっぱい』小川忠博(あすなろ書房)
監修(株)ヤマト味噌醤油 山本 耕平