【国立公園を味わう#1】「田んぼのオーナー制度」が創る新たな農家のモデル(富士山白糸ファーム)
国立公園には、自然と人と食の繋がりがあり、独自の食文化があります。この連載では、国立公園の「自然と人と食の繋がり」を紐解くことで、環境と共生するサステナブルな食、未来の日本の食文化の在り方を考えていきます。
富士山をはじめ、広大な森林や高原、湧き水などの豊かな自然に囲まれた静岡県富士宮市。ここには、富士箱根伊豆国立公園の自然の恵みに育まれた様々な食材があります。今回紹介するのは、富士宮市・白糸地区でお米を栽培している株式会社富士山白糸ファーム。富士山の冷たい雪解け水と、朝夕の寒暖差によって育まれた「富士山白糸こしひかり」は、甘みや粘りが強いお米として知られています。
減農薬・無農薬のこだわりのお米を使用したおにぎり屋「らいすぼうる」も運営する同ファームの渡邉亜子さんに、お米農家を引き継いだ経緯や、販売しているおにぎりのこだわりについて話を聞きました。
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「白糸の景観を守りたい」
―weeeat!編集部
本日はよろしくお願いします! らいすぼうるのお店にお邪魔していますが、空気が美味しくて、すぐ前に川が流れていて素敵なお店ですね! さっきから動物の鳴き声が聞こえますけど、なんでしょうか?
―渡邉さん
ありがとうございます。カエルの鳴き声です。にぎやかですよね(笑)。
―weeeat!編集部
では最初に、農業を始めるようになったきっかけについて教えてください。
―渡邉さん
父の病気がきっかけです。父が運営していた富士山白糸ファームを引き継ぐ形で、農業を始めました。それまでは美容&健康サロンを経営していて、農業について全く興味がなかったんですよ。田んぼに行ったことも、土を触ったこともありませんでした(笑)。
―weeeat!編集部
そうだったんですか! 全く興味がなかったのに、引き継ごうと思ったのはなぜですか?
―渡邉さん
父の想いを未来に繋げていきたいと思ったからです。
父は10年以上前から農業を専業でやっていましたが、父が目指していたのは、「富士山麓の白糸の景色を守る」こと。白糸地区は、人口減少や生産者の高齢化という課題を抱えています。中には、後継者不足が原因で、荒廃農地や耕作放棄地になってしまった田んぼも少なくありません。
「生まれ育った白糸の田んぼを守りたい」「富士山の麓の景色を守りたい」という父の想いから誕生したのが「富士山白糸ファーム」です。
父が残した作業日誌
―weeeat!編集部
お父さまは、農業と白糸の未来を考えて法人を設立したわけですね。
―渡邉さん
はい。父は、たくさんの田んぼを積極的に借り受けることで、「地域の人たちを雇用し、農業経営を安定化することで、若者にも農業に興味をもってもらいたい」という想いを抱いていました。しかし、会社を軌道に乗せるタイミングで病気が発覚しました。
それまで、父がどんなことを考えているか知らなかったんです。病気になってから色々話すようになり、父の想いを知るようになりました。そして、「たった一代で終わりにしてはいけない」と思うようになり、父の跡を継ぐことになりました。
―weeeat!編集部
本業である美容&健康サロンを経営しながら、農業を引き継ぐのは大変だったと思います。
どのように学んでいったのでしょうか?
―渡邉さん
そうですね。はじめは、とりあえずやってみようという気持ちで取り組みましたが、父から受け継いだのは50枚以上もある広大な田んぼ。農機具の名前も、使い方もわからない初心者でした。頼りになったのは、父が遺した作業日誌でした。これを手がかりに、田植えや草刈り、ヒエ取りなどを行いました。
―weeeat!編集部
お父さまの作業日誌が教科書になっているのですね!
富士山白糸ファームはエコファーマーに認定されていますが、どんなこだわりをもって農業をされているのでしょうか?
―渡邉さん
エコファーマーとは、県知事の認定を受けた「環境にやさしい農業に取り組む農業者」の愛称です。主に有機肥料の利用などにより化学肥料の使用量を低減したり、化学合成農薬の使用回数を削減したりしていることが認定の条件です。
当ファームでは、父の代から「環境と健康にやさしい農業」をモットーにしてきました。私が引き継いでからも減農薬・無農薬の農業にこだわり、健康にやさしく、いかに美味しいお米を提供できるかを日々研究しています。
雪解け水と寒暖差が生み出す美味しさ
―weeeat!編集部
富士山白糸ファームでは、どのような品種のお米を販売されているのですか?
―渡邉さん
現在は「富士山白糸こしひかり」をメインに、「富士山白糸ミルキークイーン」「富士山白糸ヒデコモチ(もち米)」「富士山白糸黒米」「富士山白糸もち麦」を販売しています。
―weeeat!編集部
「富士山白糸こしひかり」は、「しずおか食セレクション 頂」にも認定されていますね。どのようなお米なのでしょうか?
―渡邉さん
ありがとうございます。「富士山白糸こしひかり」は化学肥料を使用せずに栽培したお米です、富士山の湧き水と白糸地区の寒暖差が生み出した甘みが特徴です。標高500メートルに位置する白糸地区は、朝夕の寒暖差が激しいので、甘みの強い、もっちりとした食感の美味しいお米が育つんですよ。
―weeeat!編集部
この自然環境がお米の味を美味しくしているんですね! 富士山の湧き水にはどんな特徴があるのでしょうか?
―渡邉さん
富士山の湧き水は1年を通して15度前後の冷たい雪解け水です。ただ、水温が冷たすぎると稲の苗が定着せずに、生育が遅れてしまうことも。そのため、田んぼに冷たい水を直接入れずに、太陽熱によって温めた水を入れるという手間と時間をかけてお米を栽培しています。
―weeeat!編集部
1年中同じ温度と聞いてびっくりしました! 温度調整も大変ですね。
―渡邉さん
水温の他にも、減農薬・無農薬の米栽培においては、水位の管理が重要です。水位が浅すぎると雑草が生えやすく、反対に水位が深すぎると稲の生育が遅くなることもあります。水位の管理は本当に難しく、ようやく安定して管理できるようになりました。
田んぼのオーナーになって農業を体験
―weeeat!編集部
富士山白糸ファームでは、お米づくり以外にも様々な取り組みをされていますよね。サイトで「田んぼのオーナー制度」というものを見かけました。どんな取り組みなんですか?
―渡邉さん
「田んぼのオーナー制度」では、私たちの所有する田んぼの一区画を一年間お貸ししています。オーナーは、田植えや草取り・稲刈りなどのお米づくりを体験できます。日々の農作業は私たちの方で行い、収穫したお米はオーナー様のものとなります。例年4月に田植え、10月に稲刈りをし、10月末にはお米をお渡ししています。年に3〜4回ほど田んぼに足を運んでいただいてますね。
―weeeat!編集部
オーナーはどのエリアの方が多いのですか?
―渡邉さん
地元の富士宮や静岡県の方が多いです。東京の方もいらっしゃいますよ。
―weeeat!編集部
都内にいると、お米作りを体験できる場所があまりないので、とても興味があります。ちなみに、利用する方はどのような目的で田んぼを借りるのでしょうか?
―渡邉さん
「子どもに農作業を体験させたい」「子供に安心安全なお米を食べさせたい」という方もいれば、「食糧難の話題が出ているので、自分の田んぼとお米を持っておきたい」という方など、色々です。
法人の方には10Rほどお借りいただき、取引先や従業員のご家族なども参加いただきました。小さい子は田植えというよりも泥んこ遊びです(笑)。食育や農業への関心の育成につながるとうれしいですね。
―weeeat!編集部
子どもたちへの食育にも繋がりますし、素敵な制度ですね。
―渡邉さん
ありがとうございます。オーナー同士の横のつながりを作るために、農業について私が話す「お話会」や「交流会」を開催しています。今年は「ホタル鑑賞会」を実施しました。数えきれないホタルが飛び交う様子に、参加者は大興奮していましたよ。
―weeeat!編集部
ここでホタルが見られるんですね。私も見てみたい! 富士山のきれいな水だからホタルが見られるのでしょうか?
―渡邉さん
ホタルの生息条件は、きれいな水だけではないそうなんです。私が小さい頃はここまでホタルを見かけたことはありませんでしたが、父が減農薬・無農薬の栽培をするようになってから見かけるようになりました。
農薬を使うことで、ホタルのエサとなる幼虫が死んでしまうからなんですね。農薬を使わない栽培は苦労が多いですが、ホタルが一匹、また一匹と戻ってくるたびに、私たちがやってきたことは間違ってはいなかったと実感しています。
おにぎり屋さんで「6次産業化」
―weeeat!編集部
続いて、経営されているおにぎり屋さん「らいすぼうる」について教えてください。そもそも、おにぎり屋さんを始めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか?
―渡邉さん
正直なところを言えば、米づくりだけでは食べていけないからです。事業として成立させることの難しさを痛感しました。農業を事業として成立させ、生産者が生活できるだけの仕組みを作らないと次の世代にはつながない。そんな危機感から、おにぎり屋さんを始めました。
―weeeat!編集部
所謂「6次産業化」ですね。お米農家さんが作るおにぎりと聞くだけでとても美味しそう! インスタグラムにはいろんな種類の具が掲載されていますが、現在何種類販売されているのでしょうか?
―渡邉さん
季節や仕入れの状況によってメニューは変わりますが、ニジマス、大葉みそ、朝霧放牧豚、梅しそ、玉子焼き、アスパラベーコンなど、10種類ほどのメニューを展開しています。つながりのある地元の農家さんから食材を仕入れています。できるだけ、地元のこだわって作られた食材や旬の食材を使用したいと思っています。
―weeeat!編集部
地元の農家さんのこだわりが詰まった食材を具にしたおにぎりなんですね。
―渡邉さん
富士宮エリアでは、地元の農家さんと繋がるコミュニティがたくさんあるんですよ。そこで情報交換をしています。
「田んぼのオーナー制度」が創る新たな農家のモデル
―weeeat!編集部
最後に、今後のやりたい取り組みについて教えてください。
―渡邉さん
らいすぼうるの事業もようやく軌道に乗り、様々なメディアにも取り上げていただくようになりました。11月には、2号店を静岡市音羽町駅直結の商業施設・OTOWA FOOD HALL SHiiiTOに出店する予定です。ぜひ、お立ち寄りいただき、白糸の自然の恵みから生まれた美味しいお米を、多くの方に味わっていただきたいです。
農家を取り巻く環境は以前よりも大きく変化しています。農林水産省では、これまでの6次産業化の視点に加えて「農山漁村発イノベーション」としての取り組みを支援する政策を打ち出しました。様々な地域の資源も活用しながら、地元の企業などの事業者と一緒に新たな事業や付加価値を創出することが求められています。
こうした状況を踏まえて、今後は「田んぼのオーナー制度」に注力することで、新たな農家のモデルを作っていきたいです。より多くの方にお米づくりを体験いただくことで、農業の楽しさを知っていただき、さらには次世代の子どもたちや若者たちに、農業に対して興味を持ってもらいたい。
これからも白糸の景観と環境を守り、安心して子どもたちが食べられるお米づくりに励んでいきます。
―weeeat!編集部
私も、富士山の湧き水を使ったお米作りを体験したくなりました。今日はありがとうございました。
今回『weeeat!』では、富士山白糸ファームの米麹を使用してレシピ開発し、「【即席漬け】甘酒で作る簡単べったら漬け」「【腸活&常備菜】レンジで簡単!納豆麹」を作りました。
富士山白糸ファームでは、精米時に粒が小さくてはじかれてしまうお米を使用して米麹も作っています。
【即席漬け】甘酒で作る簡単べったら漬け
本来は、粗漬け・中漬け・本漬けと時間がかかりますが、今回は簡単な即席漬け! 野菜を切って甘酒に漬けるだけであっという間に完成! ほんのり上品な甘さが特徴で、箸休めにもぴったり。おにぎりと一緒に食べるのもおすすめです。
▶レシピはこちら
【腸活&常備菜】レンジで簡単!納豆麹
レンジで簡単にできる納豆と米麹を組み合わせた納豆麹です。時間がたつと麹の力で奥深いコクが生まれます。ご飯やお握りにはもちろん、油揚げや冷ややっこ、麺などにトッピングしても美味しいので、常備菜にぴったりです。
▶レシピはこちら
企業情報
企業名:株式会社富士山白糸ファーム お米農家のおにぎり屋 らいすぼうる
住所 〒418-0105 静岡県富士宮市原1127-1(1号店)
〒420-0834 静岡県静岡市葵区音羽町21-20 OTOWA FOOD HALL SHiiiTO(2号店)
営業時間 1号店:土日9:00〜13:30、2号店:8時〜18時(不定休)
Instagram:https://www.instagram.com/fujishan_shiraito_farm/